大白蓮華 2015年(平成27年)10月号(No.791)

種を蒔く誇り!育てる喜び!

創価学会名誉会長  池田大作

 春夏秋冬、わが誉(ほま)れの農漁光部の同志の皆様方に、私は題目を送り続けている。海苔屋(のりや)に育った私には、農漁業の日々の御苦労が、深く偲(しの)ばれてならない。
 「食は命」なり。自然災害や天候の不順などにも屈(くっ)せず、一番大事な命を守り、育んでくださる聖業に、私たちは、あらためて心から感謝を捧(ささ)げたい。

 日蓮大聖人は、農作物が早い遅いの差があっても一年の内に収穫(しゅうかく)できることを譬(たと)えとして、「法華経の行者(ぎょぅじや)は如説修行(によせつしゆぎょう)せば必ず一生の中に一人も残らず成仏す可し」(416ページ)と仰せである。
 この通りに、創価学会と共に広宣流布に生き抜き、一生成仏の黄金の総仕上げを飾りゆかれる多宝の方々の顔が、日本にも世界にも輝きわたっている。

 大聖人の仏法は「下種仏法(げしゅぶっぽう)」である。
 悪世末法(あくせまっぽう)における妙法の「下種」(種を下ろす)とは、こんな荒れ地に種を植えても無駄(むだ)であると見放されてきた衆生の心の大地にも、光を当て、手を差し伸(の)べていく未聞(みもん)の挑戦である。
 御書には、「但(ただ)南無妙法蓮華経の七字のみこそ仏になる種には候へ」(15553ページ)と断言なされている。
 どんな人であれ、どんな境遇(きょうぐう)であれ、題目を唱えゆくならば、仏の生命を現(あらわ)すことができるのだ。
 ゆえに我らは種を蒔(ま)く。妙法という究極(きゅうきょく)の幸福の種を、我と我が友の心田(しんでん)に蒔き続ける。いかに厳(きび)しい現実の宿命があってもたじろがず、「絶対に仏になれる。一緒に幸せになろう」と語り切りながら!

 わが弟子と
   万年の種(たね)
    植(う)えにけり
  幸(さち)の人華(にんげ)よ
    未来(あす)へ薫(かお)れや

 なかなか折伏(しゃくぶく)が成就(じょうじゅ)せずに悩んでいる、けなげな同志を、戸田城聖先生は温かく労(ねがら)われた。
 「何も嘆(なげ)くことはないよ。すぐに信心する発心下種(げしゅ)と法を聞かせる聞法下種(もんぽうげしゅ)は、功徳は同じだ。必ず実る時が来る。だから、どしどし下種をするんだ」

 広島で戦災に遭(あ)い、結婚を機に渡米した創価の母は、夫の猛反対にも負けず、信心を貫(つらぬ)き、仏法対話に挑(いど)んだ。経済苦や家庭不和と格闘(かくとう)しながら、
一人一人に「この人に会うために、私はここに来たのだ」と真心を尽くした。今、ご一家も、折伏した400世帯に迫る眷属(けんぞく)も功徳に満ちて、後継の青年たちが続く。
 「信心の喜びを語りたくて仕方ないの。人を見たら折伏したいわ」と、母は明るく美しく微笑(ほほえ)む。

 日々、勤行で読誦(どくじゅ)する自我掲(じがげ」)には、「賓樹多華果衆生所遊楽(ほうじゅたけかしゅじょうしょゆうらく)<宝樹は花菓(けか)多くして 衆生の遊楽する所なり>」とある。私たちの広宣流布は、たゆまず妙法の種を蒔(ま)き、人材の宝樹(ほうじゅ)を育(そだ)てて、生きる喜びに躍動する平和と共生の緑野(りょくや)を、この地球上に創り広げていく戦いであるといってよい。

 ブラジルの詩心の母コラ・コラリーナは詠(うた)った。
 「待(ま)つならば、今日、生命の大地に植え込んだ良き種の収穫(しゅうかく)を待ちましょう! 植えるならば、幾百万の笑顔とスクラムと友愛(ゆうあい)を植(う)えましょう!」

 さあ、「世界広布新時代」の「躍進(やくしん)」そして「拡大(かくだい)」ヘー。皆で朗(ほが)らかに励まし合い、一日一日、勇敢(ゆうかん)に希望の種を、勝利の種を蒔きゆこう!

「初心」を貫く人は勝利者なり

創価学会名誉会長  池田大作

 日蓮大聖人は、「地涌千界(じゆせんがい)の菩薩・虚空(こくう)に星の如(ごと)く列(つらな)り給(たま)いて」(1350ページ)と仰せになられた。

 今まさに、きら星の如く、世界中で、新入会の友が誕生し、未来を担(にな)う若人が成長してくれている。
 一日また一日、世界広宣流布のフレッシュな人材の拡大を見つめることは、私の何よりの喜びである。
 みずみずしい初心の若き同志と共々に、先輩方もまた求道の心新たに「行学の二道」に励んでいく。ここに、創価家族の前進はいよいよ勢いを増すのだ。

 平和の信念の大科学者ロートブラット博士は、「私たち一人ひとりには、ものごとを変える力があります」と語られた。その力を青年から引き出し、自らも一緒に発揮(はっき)することに精魂(せいこう)を注がれたのである。

 法華経に登場する不軽菩薩(ふきょうぼさつ)は「初随喜(しょずいき)の行者(ぎょうじや)」(1277ページ)とされる。「初随喜」とは、師である仏の教えを信受(しんじゅ)し、歓喜して修行に励(はげ)む最初の位である。

 師の「万人成仏」の教えを抱きしめ、不軽菩薩は出会う人々の仏性を敬(うやま)い、対話を続ける。増上慢(ぞうじょうまん)の勢力から、どんなに迫害されようとも、師匠と同じ大使命に生きゆく歓喜の初心を貫き通していった。ゆえに、断じて負けなかった。

 信心は、年数や役職で決まるのではない。慢心(まんしん)を起こし、惰性(だせい)に流されてしまえば、歓喜は失われる。
「心こそ大切なれ」(1192ページ)である。初心を忘れず、基本を大切に、「水のごとく」「いつも・たいせず信ずる」(1544ページ)人こそが、偉いのである。


 さあ今日も
  元初の出発
    さわやかに
  此の世の本懐
   喜び果たさむ

 懐(なつ)かしき岐阜(ぎふ)の多宝の友は、修利槃特(すりはんどく)という物覚(ものおぼ)えの苦手な弟子が、仏の言葉を一心に修行して大境涯を開いた説話(せつわ)に感動し、発心した。悪侶の撹乱(かくらん)にも悔(くや)し涙で立ち向かい、支部長として「必ず日本一の仏国土に!」と誓い、勇敢(ゆうかん)に人材域を築いてきた。
 先立たれた御子息と約束した個人会館も完成させ、後継の人材を、わが子のように励まし育てる。
 「地域の一人ひとりはもちろん、会合で顔を見ない友のことほど真剣に祈ります。祈っているから、どんな人も仏であり、使命があるとわかります」と。

 尊き父母たちが命懸(いのちが)けで創り上げてくれた仏の世界こそ、創価学会である。この絆(きずな)に連なる宿縁(しゅくえん)を思えば、歓喜は尽きることなく湧(わ)いてくるではないか。
 苦しい時こそ、同志と題目を唱えて、語(かた)らえば、命の底から蘇生(そせい)できる。これが創価のリズムだ。

 我らには、果たすべき誓願がある。勝つべき闘争(とうそう)がある。その成就(じょうじゅ)の力を具(そな)えて、生まれてきたのだ。

 朝な夕なの勤行は、久還元初(くおんがんじょ)の大生命に立ち返り、三世十方(さんぜじゅっぽう)の仏菩薩(ぶつぼさつ)や諸天善神(しょてんぜんじん)に包(つつ)まれながら、生まれ変わった息吹(いぶき)で出発する大歓喜の会座(えざ)である。

 「私たちは地涌の菩薩だ。皆、多くの眷属(けんぞく)を連れて今世に出現している。広宣流布に本気で戦えば、その巻属たちが現れて、一緒に戦うようになる!」とは、わが師・戸田城聖先生の確信であった。

 さあ、新しい人材を見出し、共に祈り、共に進もう! 全員が「初心」を貫(つらぬ)き通す勝利者として!

大白蓮華 2015年(平成27年)8月号(No.789)

「行学」は幸福常勝の翼なり
創価学会名誉会長  池田大作

 わが地区は、何と偉大な哲学者の集いであろうか。どんな試練にも、たじろがない信念の哲人がいる。どんな悩める友にも、希望を贈る対話の達人がいる。どんな難局にも、活路を開く勇気の賢人がいる。
 御書を根本として、庶民の大地に生命尊厳の大哲学の連帯を広げてきたのが、創価学会である。日々、行学の二道に励む学会活動は、民衆が幸福と平和の智慧を磨(みが)き、現実の社会で価値創造しているのだ。


 アメリカ実践哲学協会の会長であるマリノフ博士は、私との対談で、「仏法は、人間の可能性を活性化し、人生をより良い方向に変革し、そして建設的な環境をもたらす方途を、私が知っているどんな哲学よりも数多く提供してくれます」と語っておられた。


 世には興味本位や悪意と邪見(じゃけん)の文言が渦巻いている、人を誑(たぶら)かし、不幸へ引きずりこむ悪知識は多い。
 その中にあって、御書という最極の明鏡(みょうきょう)に照らせば、常に生命を正視できる。揺るぎなき生命観、人生観、社会観、宇宙観に立って、一切を正しく見晴らしていくことができる。
 信心の利剣(りけん)で悪縁(あくえん)を断ち切り、惑(まよ)いなく常楽我浄(じょうらくがじょう)の正道を進んでいけるのだ。

 御書をひもとくことは、日蓮大聖人の御境涯を、直接、拝することに他ならない。閉ざされた小さなカラを破って、広々とした境涯が開かれる。それは、久遠元初の太陽の如く、御本仏の大生命から放たれる光線を、我らの色心いっぱいに浴びていくことである。


大聖人は、ある御返事の結びに、「此(こ)の書は弘通(ぐつう)の志有(こころざしあ)らん人に取っての事なり」(御書1357ページ)と仰せになられた。大聖人が掲げられた広宣流布誓願に立つ人こそ、御書の真の意義を会得できるのだ。

その通り身読してきたのが、牧口常三郎先生、 戸田城聖先生である。そして、我ら創価の師弟である。
 戸田先生は、「絶対なる大聖人の確信と情熱とにふるるとき、信心の火が、いやがうえにも、燃えあがるのを、感ぜざるをえない」と叫ばれた。

 ここに、学会教学の根幹の大精神がある。広布の戦いの中で、御書を声に出して拝読すれば、御金言の師子吼(ししく)が、わが命に強く熱く共鳴し、満々たる仏の力が胸奥(きょうおう)から込み上げてくるではないか。世界の地湧の同志も御書を学び、実践している。

 教学研鑽(けんさん)を機に、文字を覚えた尊き求道の友もいる、
南米アルゼンチンの青年部リーダーは語る。
「運命や環境に翻弄(ほんろう)される現実を 『自分の手で変革できる』 との仏法の教えは、若者に強い感銘を与えずにはおきません」「自身の人間革命を通して、国土の宿命転換を担うのが、我ら青年の使命です」


 大仏法を共に探究(たんきゅう)する青年の連帯には、あらゆる差異を超えて、世界を結ぶ平和創出の力がある。
 「行学の二道」こそ、全人類の心を限りなく高く飛翔(ひしょう)させゆく幸福常勝の翼である。

 さあ今日も、御聖訓の一節を心に刻み、行学の翼を広げながら、朗らかに勝利の大空へ舞いゆこう!

 妙法は
  不幸を断ち切る
   宝剣(つるぎ)なり
  正義の極理
    学び 掲げよ

大白蓮華 2015年(平成27年)7月号(No.788)
常楽我浄のスクラム明るく!
創価学会名誉会長  池田大作

 大いなる人生には、必ず、大いなる試練が立ちはだかる。大いなる試練に立ち向かうからこそ、大いなる境涯が開かれていくことを忘れまい。
 妙法の信仰とは、その究極の希望の力である。
法華経研究の母」と謳(うた)われるロシアのヴォロビヨヴァ博士は語られている。
「人生がどんな困難や苦しみを人間に与えようとも、法華経の教えに従っていくならば、恐怖なく、堂々と乗り越えていけるのです」と。


 時代は空前の少子高齢社会に入り、これまで以上に「生老病死」の苦悩がクローズアップされている。
 それを根本的に打開しゆく「常楽我浄」の智慧を、私たちはいよいよ力を合わせて発揮していきたい。
 みな、生身の体だ。自分自身や家族が、思いもよらない病や、厳しい老いの現実に直面する時もある。

 しかし日蓮大聖人は、門下の病気を「我身(わがみ)一身の上(うえ)とをもひ」(御書978ページ)、平癒を祈ってくださった。法華経の「閻浮提(えんぶだい)の人の病の良薬なり」(同985ページ)との経文を通されて、励ましてもおられる。

 この御本仏のお心に則(のっと)り、我らは最極の良薬たる題目を唱え、互いに支え合い、守り合っていくのだ。

 御文には「一日の命は三千界の財(たから)にもすぎて候なり」「而(しか)して法華経にあわせ給いぬ一日もい(活)きてをはせば功徳つもるべし」(同986ページ)とも仰せである。

 病は病のまま、老いは老いの姿で、妙法と共に、同志と共に生き切る一日に、無量の福徳があるのだ。
 
先師・牧口常三郎先生は、目が不自由だった養母を介護されていた。先生が自ら背負ってお風呂場へ連れて行き、入浴の手伝いもされたという。
 この人間愛の深さと、いかなる迫害にも屈しない師子王の強さとを、創立の父は併(あわ)せ持たれていた。
 病気や高齢の家族を抱きかかえながら、広宣流布へと打って出る行動がいかに尊いか。その労苦は、わが家みんなの「心の財(たから)」と積まれ、その慈愛のチームワークは、地域の希望のモデルと光る。
 
 四国の多宝の母は、母と姑(しゅうとめ)の介護に献身してきた。悪侶の迫害、自らの闘病、親孝行な子息との死別などが相次ぐなか、夫妻で「毎日、一歩でも一ミリでも進もう」と決めて、学会活動を貫き通してきた。
 今、勝利の母は「全部、妙法の力を示すための苦難だったと感謝の涙が出ます。苦労した分、どんな人にも信心を伝え、幸せになってほしい」と微笑む。
「生命の世紀」を開拓するドクター部の同志も、慈悲の看護を体現する「白樺」の友も、介護や福祉に新風を送る妙護グループの若人も、誠に頼もしい。

 ヴォロビヨヴァ博士は、「法華経寿量品」の結びの「毎自作是念(まいじさぜねん)」から「速成就仏身(そくじょうじゅぶっしん)」までの経文は、「どうすれば民衆を成仏させることができるのか」との仏の問いかけであると強調されている。
 我ら創価家族は、今日も、この問いに、生命力を満々と、広布に生き抜く姿で答えていきたい。生死(しょうじ)を超えて結ばれた「常楽我浄」のスクラム明るく!

 慧光照(えこうしょう)
  寿命無数(むしゅ)の
   生命(いのち)なば
  今日も無量の
    功徳 積みゆけ

大白蓮華 2015年(平成27年)6月号(No.787)
青年よ、不退の根を張れ!
創価学会名誉会長  池田大作

 青年の勇気は無敵だ。それは何も恐(おそれ)れない。
 青年の勇気は無限だ。それは決して諦(あきら)めない。
 「人生とは闘争(とうそう)であり、立ち向かう勇気を示すべき場である」と、アメリカ・ルネサンスの詩人ソローは快活(かいかつ)に叫(さけ)んだ。

 若者が新たな挑戦の勇気を持てない社会であれば、停滞(ていたい)し衰退(すいたい)する。自ら率先(そっせん)して挑(いど)み、後継の友を勇気づけていく。これがリーダーの責任てあろう。
 法華経には、地涌の菩薩は「其(そ)の心に畏(おそ)るる所無く忍辱(にんにく)の心は決定(けつじょう)し」(法華経472ページ)と説かれる。
 この地涌の心を、広布の父母から受け継ぎながら、わが創価の青年は、人間革命と広宣流布のチャレンジを繰り広げてくれている。何と頼もしいことか。
 正しき信仰とは、人間を限りなく強く、賢(かしこ)く、朗(ほがら)らかにする大勇(だいゆう)である。

 日蓮大聖人は、圧迫の中、戦う青年・南条時光へ、「どのようなことがあっても、嘆(なげ)いてはならない。きっぱりと思い切って、自分の思いと違うことが起こったならば、いよいよ、これこそ悦(よろこ)びと言い切っていきなさい」(1542ページ、趣意)と打ち込まれている。

 誰しも、「こんなに頑張っているのに、なぜ自分だけが」といった無念にかられる時がある。実は、その時こそ、大きく境涯を開くチャンスなのである。

 1人で悩まず、良き先輩に相談することだ。御書を拝し、題目を唱え、青年らしく思い切ってぶつかっていくのだ。打開できない壁など、絶対にない。
 
 わが師・戸田城聖先生の青年への励ましが蘇(よみがえ)る。
 「信心に、学歴や財産など関係ない。宇宙を変化させる南無妙法蓮華経という根源の力が、自分の生命にある。その力を開き現し、すべてを望む方向へと変え、開花させていけるんだよ」と。

 座談会には、尊(とうと)い体験を通して、「絶対に大丈夫!」「自分も変われる。現実も変えられる」等と語ってくれる先輩たちの大確信の笑顔が光っている。

 創価家族が築き上げてきた、民衆の、民衆による、民衆のための、励ましの世界こそ、青年を支え守り、仲ばす希望の大地だ。抜苦与楽(ばっくよらく)の慈悲(じひ)に満ちた、この心の安全地帯に、さらに青年を糾合(きゅうごう)していきたい。
 そこに、国土・社会の蘇生(そせい)の活力も漲(みなぎ)るからだ。

 5月3日を祝賀して、韓国では、2万人の青年が躍動する見事な平和フェスティバルが挙行(すいこう)された。
 その陰で、壮年部のアボジ(父)たち、婦人部のオモニ(母)たちが、新入会の友をはじめ青年部・未来部のメンバーを、わが子の如く1人ひとり大切に激励し、応援してくださったことを、私は忘れない。

 御聖訓には、「我等衆生(われらしゅじょう)・法華経を信じ奉(たてまつ)るは根をつけたるが如し」(827ページ)と仰せである。
 「因果倶時(いんがぐじ)」の妙法を行ずることは、たとえ結果が目に見えないようであっても、日々、幸福の根、功徳の根、勝利の根を揺るぎなく張(は)っているのだ。
 「じっとこらえて今に見よ」。これが学会精神だ。
若き地涌の友よ、たくましく天を突く大樹と育て!

 乱世(らん)で
   揺(ゆ)るがぬ誓(ちか)いの
     君(きみ)なれば
   巌(げん)と根を張(は)れ

大白蓮華 2015年(平成27年)5月号(No.786)

後継の光の君よ、学び勝て!
創価学会名誉会長  池田大作


「人」を育て、未来へ伸ばそう!
「人材」をつくり、社会へ送り出そう!
 無窮(むきょう)の光は、「人づくり」から生まれる。
「若き心は豊かな大地である。時に適(かな)っていれば、一言の種であっても、わずかのうちに、永遠なる果実を育む」。これは、ウルグアイの文豪ホセ・エンリケ・ロドの言葉である。

 青春の心の大地に、時に適った真心の励ましを送り、希望の種、向学の種、勇気の種を蒔(ま)いて、幸福勝利の果実を育(はぐく)むのが、我ら創価の未来部育成だ。
「声仏事(こえぶつじ)を為(な)す」(御書708ページ)である。令法久住(りょうぼうくじゅう)の伝持の人にかけゆく激励の一声また一声は、まさしく「仏の仕事」を為す最極の力といってよい。

 日蓮大聖人は、門下の家庭に新しい命が誕生したことを聞かれると、法難の佐渡より、「現世には跡(あと)をつぐべき孝子(こうし)なり後生(ごしょう)には又導(またみちび)かれて仏にならせ給うべし」(同1123ページ)と寿(ことほ)がれた。
 わが未来部は、世界広宣流布誓願を果たすため、今この時に躍(おど)り出てくれた、かけがえのない御本仏の仏子である。どれほど宿福深厚(しゅくふくじんこう)の1人1人か。
 濁世(じょくせ)なるがゆえに思わぬ試練もあろう。しかし、大聖人は幼子(おさなご)の病の報告に仰せになられている。
「わざはひ(禍)も転じて幸(さいわい)となるべし、あひかまへて御信心を出(いだ)し此(こ)の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき」(同1124ページ)と。いざという時の勇気ある信心が、一家の永遠の大福運を勝ち開くのだ。

 第3代会長に就任して、私が最初に結成したのも未来部である。手作りで薫陶(くんとう)を開始した鳳雛(ほうすう)たちと、私は「佐渡御書」の一節を深く強く拝した。
 それは、「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(同957ページ)との仰せである。
 無名無冠の父母(ちちはは)たちが、私と共に「師子王の心」を取り出(いだ)して、いかなる苦難も恐れず、築き上げてきた異体同心の大城こそ、正義の創価学会だ。
 ゆえに、わが後継の未来部に託すべき学会精神の第一は、「師子王の心」である。
 未来本部、教育本部をはじめ、人材を育てる真の人材の力をいよいよ結集して、高等部・中等部・少年少女部の友を激励していきたい。

 私が見守ってきた大阪のドクター部のリーダーは、小学生の時に母を病で亡くした。祖母から信心を教わり、未来部の会合で、自分に自信を持ち、人に尽くす「生命尊厳」の仏法の生き方を学び、胸を弾(はず)ませた。
「学び抜いて勝つ」と努力を貫き医学者となった彼は、感謝と報恩の心に燃えて、渾身(こんしん)の力で活躍する。

 無量の光明(こうみょう)を放って涌出(ゆじゅつ)する地涌の菩薩さながらに、「従藍而青(じゅうらんにしょう)」の若人が喜び舞いながら登場する「世界広布新時代」は、今まさに到来した。
 愛する後継の光の君よ、君たちよ! 世界第一の創価の人材のスクラムで、伸び伸びと学び、鍛(きた)えてくれ給え! そして、世界の友と手を携(たずさ)え、新たな地球社会の希望の暁鐘(ぎょうしょう)を打ち鳴らしてくれ給え!

 健やかに
  創価の後継
    天高く
  学び光れや
    勝利の王者と

大白蓮華 4月号 巻頭言 2015-4

創価桜の道ひらけ!
                             創価学会名誉会長 池田 大作 

 毎日毎朝、私の心に響いてくる足音がある。
 それは、日本列島のあの道この道で、聖教新聞の配達の歩みを進めてくださっている、尊き「無冠の友」の足音である。
 その一歩一歩が、友に今日一日の前進の力を贈り、無量無辺の「心の財」を積み、広げているのだ。
 日蓮大聖人は、日女御前を励まされた。
 「大空には鳥の飛ぶ跡がある。人間には見えない。大海には魚の道がある。人間には見えない」
 「同じように、あなた日女御前の御身の内には、『宝塔品』が厳然とあるのである。凡夫には見えなくとも、釈迦仏・多宝如来・全宇宙の諸仏は御覧になっている」(1250㌻)と。
 たとえ誰が見ていなくとも、御本仏が厳然と御照覧くださっている「生命の道」がある。これこそ、自他共に生命の「宝塔」を輝き光らせていく、自行化他の仏道修行の「道」なのである。
 この娑婆世界には、御書に「冥きより冥きに入る」(560㌻)と喝破されているように、悪縁に引きずられて深い闇から闇へ彷徨う不幸が、あまりに多い。
 その悪道の流転を押し止めて、生きる喜びの道へ、希望の光の道へ、共に進みゆく哲理が、妙法である。
 ここに、「一生成仏」を勝ち開きゆく直道がある。また、「父母を扶くる道」(223㌻)という真実の孝養の道もある。そして万人を、これ以上ない幸福の境涯へとリードしていける「無上道」があるのだ。
  
   師弟して

    誓いの道を

      晴ればれと

    創価桜の

      満開勝利で


 現実の道には、荊も生い茂る。壁も立ちはだかる。出口の見えない、長いトンネルのような道もある。
 しかし、古代ローマの哲人セネカは、「ごつごつした道こそ、崇高の頂に達する道です」と言った。
 題目は、険難の坂も勇敢に上りゆくエンジンだ。
 知多半島の多宝の父母は、伊勢湾台風の被災にも、悪意や偏見にも、不退の心で、「我等の決めた」この道を切り開いてきた。同志と共に、走り、語り、愛する郷土の三変土田のため、今も戦い続ける。
 「悪口されると、余計に『よし、勝つぞ!』と燃えました。今、すべてが仏縁と信頼の道に変わりました。学会は、人を救う地涌の菩薩の団体です。友に会えば、すぐに歓喜の対話の道が広がります」と。
 苦難の中を、もがき、苦しみながらも、法のため、人のため、社会のため、前へ踏み出した一足一足は、黄金の即席となって、決して消えない。あとに続く人々に、限りない希望の道標と輝いていくのだ。
 わが師・戸田城聖先生は叫ばれた。
 「山道を大きな石がふさいで前に進めない。しかし、どうしても行かなくてはいけない。どうするか、その時こそ、『勇気』を奮い起こし、『智慧』を発揮していくところに、信心の本当の深さがある」と。
 我らは、広宣流布の正道、立正安国の開くことを願って生まれてきた。
 「新たな友よ、集い来れ!」と声をかけながら、今日も強く朗らかに、創価桜のこの道を征劫!

                           2015-4 大白蓮華