■
青春は「挑戦の勇気」である。いかなる試練(しれん)にも勇敢(ゆうかん)にチャレンジする。そこにこそ、青春の喜びがあり、充実があり、誇りがあると言えまいか。
ゆえに挑戦の人は、何歳(なんさい)になろうと、青春の人だ。
アメリカ・ルネサンスの民衆詩人ホイットマンも青年に「私は納得のいく結果が得られるまで、挑戦し、挑戦し、さらに挑戦する。そして必要ならば、もう一度、一からでも挑戦してみせる」と誇った。
我ら創価家族は「広宣流布」という誓いを掲げ、来る日も来る日も、皆で励まし合いながら、不屈の挑戦を続けている。
青年はもちろん、壮年も婦人も皆が一体となって、「地涌の青春」を挑み舞いゆく喜びの劇を、明るく賑(にぎ)やかに織り成していきたい。
現実の社会には、青年から伸びやかな自信を奪(うば)い、挑戦の意欲を抑(おさ)えつけようとする障壁(しょうへき)が立ちはだかる。しかし、断じて負けてはならない。 人類の未来にとって最もかけがえのない宝、最も頼もしいエネルギーは何か。それは青年の生命だ。
御書の「一念三千法門」には、「十人の人がいて、それぞれの蔵に宝を積んでいる。しかし気づかないまま、みすみす飢(う)えや凍(こご)えで死に瀕(ひん)する。その時、一人の賢人が宝に気づいて、そのことを皆に教えて助けていく」(413ページ、趣意)という譬喩(ひゆ)が説かれる。
その蔵の宝とは、誰人にも具(そな)わる最も尊い生命の仏性であり、それに目覚(めざ)め、皆も目覚めさせていく賢人(けんじん)の行動こそ、仏法の発露(はつろ)である。
勝ちまくれ
仏の力は
偉大なる
広布に生き技く
誓いの生命に
一人ひとりの青年が、妙法を唱え、この宝の生命を開いて、自他共に最高最大に光り輝かせていく。
ここに、創価の「人間革命」の行進がある。
この大仏法の哲理を、一人でも多くの若人に語り、共々に胸を張り、希望と充実と栄光の人生を開拓していくことだ。そこから、家庭にも、職場にも、地域にも、若々しい創造の活力が漲(みなぎ)るからである。
わが師・戸田域聖先生は、悪戦苦闘(あくせんくとう)する健気(けなげ)な同志を抱きかかえて激励された。
「この世には、必ず使命があって生まれてくる」「皆、地涌の菩薩として、広宣流布を誓い願って、生まれてきたんだ。そのことがドンと腹に決まれば、いくらでも福徳を開いていけるんだよ!」と。
草創の四国の母は高知で空襲(くうしゅう)に遭い、戦後のどん底の苦労の中で入会した。悪口罵言(あっくめり)など笑い飛ばしながら、「挑戦なくして勝利なし」と苦学を重ねて教員となった。人間教育の太陽と輝き、70代の今も青年と共に、青年のためにと対話に励んでいる。
「今どんな姿であっても、人は変われます。私は恐れません。幸福を願い、仏法を求めてやまない、人々の本当の心の声が聞こえてくるからです」と。
気高(けだか)き多宝の父母たちは、生命の荘厳な宝塔から「常楽我浄(じょうらくがじょう)」の香風(こうふう)で皆を包まずにはおかないのだ。
わが後継の青年たちよ! 壮大に広がった世界192カ国・地域の誓いの友と手を携えて、人類の生命の至宝(しほう)を限りなく開いていってくれ給え!