不滅の「7・3」を迎えて 若き妙法の巌窟王よ勝て!
「私も、青春のすべてを広宣流布に捧げ、初代、2代の仇を討ってきた」。
6月の青年部幹部会。池田名誉会長は、戸田第2代会長のもとで学んだ文豪デュマの『巌窟王(モンテ・クリスト伯)』を通してスピーチした。
「諸君も、青年ならば、正義の仇を討っていくのだ。広宣流布の巌窟王となって、創価の真実を語りに語り、信頼と友情の連帯を大きく広げながら、『平和と人道の世紀』を、『民衆の勝利の世紀』を、ともどもに築いていただきたい」。
師匠の仇を討て――「しかし、それは血を流す復讐などではない。必ず広宣流布をすることである」(戸田会長)。
この師弟の炎を胸に、若き妙法の巌窟王たちが立ち上がる厳粛な誓願の日。それが「7・3」である。
七月の
三日忘れじ
富士仰ぐ
かつて名誉会長は詠んだ。1957年(昭和32年)7月3日、青年部の室長であった名誉会長は、参議院大阪地方区の補欠選挙で選挙違反の嫌疑をかけられ、大阪府警に不当逮捕された。
事実無根の冤罪。
いわゆる「大阪事件」である。
奇しくも、軍部政府の弾圧で投獄された戸田会長が出獄したのも12年前の同日同時刻。
獄死した牧口初代会長の遺志を胸に、恩師は学会再建に向けて荒野にただ一人立ち上がったのである。
初代・2代と同じ獄中闘争。名誉会長は正邪を法廷での決着にゆだね、4年半の公判の結果、無罪判決を勝ち取った。
「国主の王難必ず来るべし」(御書200ページ)の御聖訓通りに大難を受けきった三代会長の師弟不二の大闘争。
21世紀の今、その魂を受け継ぐ池田門下の青年たちが颯爽と躍り出た。社会に貢献する勇姿に、世界は賞讃を惜しまない。
「池田博士が世界中で育成されてきた人材のネットワークは、目を見張るものがあります。それは博士の師匠としての力、なかんずく指導者としての力を証明する一つの金字塔でもあります」(オーストラリア・オーバン市のラム市長、「世界市民の師匠」賞授賞式で)。
次の50年は、弟子が師匠の正義を宣揚し、広布の金字塔を築く時だ。
一人一人が“師子”の誇りに燃えて、“群狐”のごとき怨嫉勢力を打ち破り、新しい勝利の歴史を切り開こう。
「7・3」とは、その永遠の出発の日にほかならない。(08.07.03聖教・社説)